プロジェクトの要約:みるみるプロジェクトは、2019年にスタートした、子どもたちの眼を守り育てる社会連携プロジェクトです。保護者、眼科医、視能訓練士、眼鏡店、教育関係者など子どもの眼に関わる人々が連携を深め、子どもの「見えにくさ」に気づき良好な見え方を確保してあげやすい社会づくりを目指しています。
プロジェクトURL:弱視治療に取り組む子どもたちへ!【みるみる手帳】無償提供を継続したい
「みるみる手帳」から広がる連携の輪
成田:クラウドファンディング終了後にプロジェクトがどのように進んでいったのでしょうか。
鈴木さん:クラウドファンディングによる皆さんのご支援により、「みるみる手帳第5版」供給量約2年分を制作印刷し、全国の眼科へ無償配布できました。
「みるみる手帳」は、弱視治療に取り組む患児&保護者に提供される「眼の母子手帳」のような手帳です。永年にわたり小児眼科で活躍している眼科医/視能訓練士により制作されました。保護者だけでなく眼科/眼鏡店も記載していく特徴があり、みんなで治療を応援する仕組みになっています。
おかげさまで保護者からも「不安が軽減され治療に取り組むモチベーションになっている」と好評です。弱視治療に伴走しやすくなったという眼科の声、自分の職務への誇りを深めることができたという視能訓練士、保護者との関わりが深まったという眼鏡店、子どもの眼の治療に貢献できて嬉しかったという一般支援者…ありがたい反応が寄せられました。クラウドファンディングにより認知が広がり、手帳を活用する眼科医療機関は全国で450件を超えました。(2024年11月現在)
また、このプロジェクトを通じて「子どもの視力発達の重要性」を多くの方に伝えることができ、子どもたちの【見え方】に関心を持つ保護者や教育関係者が増えたと感じています。
その後、私たちは保育園幼稚園での視力スクリーニング検査活動を開始し、より多くの方々との接点が増えました。幅広い分野の方々に活動への共感や理解をいただけるようになり、プロジェクトは当初計画以上の広がりを見せています。
成田:「みるみる手帳」に支援を呼びかけた際、どのように感じられていましたか。
鈴木さん:正直に言うと、最初は不安が大きかったです。手帳発案者の方は自信を持って取り組んでいましたが、私は皆さんからの賛同が得られるのか確信が持てず「果たしてご支援くださる人がいるのだろうか?」と心配でした。日本初の試みとして誇りを感じる一方で、未知の領域に足を踏み入れる不安感がつきまといました。
ですが開始早々から眼科医/視能訓練士/眼鏡業界関係者などが続々とご支援くださり、眼の職種とはまったく関係のない一般の方々にいたるまで幅広いご支援者が現れ、終わってみれば目標額を達成するたいへんありがたい結果となりました。
リターン品については開始前に多くの関係者にご相談しました。「純粋に支援したいのだから品物など要らない」「可能な限り全額応援に充てられるよう余計な経費はかけないで欲しい」というご意見ばかりだったことはとても意外でした。本当に共感する活動なのだから物質的な見返りは考えないで欲しいという想いにたいへん感銘を受けました。
成田:その後、周りの方からの反応に変化はありましたか。
鈴木さん:本当に予想以上の反響でしたね。支援者の温かい声援や応援メッセージをいただき、多くの人々がこのプロジェクトに関心と賛同のお気持ちを持ってくれていることを実感しました。声援が声援を呼ぶ、と言いますか…続々と支援が集まり、SNSでもフォロワーやいいねが急増するなど、想像を超える反響で驚きました。
今回のクラウドファンディングでは、SNSの活用が非常に大きな役割を果たしました。TwitterやInstagramなどでプロジェクトの進捗を共有したところ、好意的な反応が多く寄せられ、フォロワー数も増えました。また、ご支援者が率先して口コミで広めてくれたことも大きかったですね。クラウドファンディングを成功させたことで、プロジェクト自体の信頼度が高まり、眼科や保育園、幼稚園との新しい協力関係にも繋がりました。
クラウドファンディングを通して築けた信頼
成田:クラウドファンディングで得られた信頼が活動の基盤にもなっているのですね。
鈴木さん:本当にその通りです。クラウドファンディングで多くの方に私たちの活動を知っていただく機会となり、「私もプロジェクトの一員になっている気持ちですよ」と嬉しいお言葉もいただきました。眼科関係学会やイベントなどで直接お会いしに来てくださった方もいらっしゃいます。
こうしたコミュニケーションがくり返され、今まで以上に幅広い分野の人々が私たちの取り組みを評価してくれるようになりました。「多くの人が支援している=信頼できる」と捉えていただけたと感じています。多くの方々と信頼を築けたことは、非常に大きな意味を持ちました。
園内視力検査がもたらした意外な発見と反響
成田:現在「みるみる手帳」制作配布の一方で、保育園/幼稚園内視力検査という斬新な取り組みをされているそうですが、どのような反響がありましたか。
鈴木さん:ヒトは生まれたときの眼は全くの未完成で、視力は年齢を追うごとに成長していきます。1歳で0.3前後、3歳で0.8前後、5歳で1.0程度に到達し、両目のチームワーク=両眼視機能の完成は6~8歳頃といわれています。園児世代はこの「みる力」の発達においてとても重要な期間です。この時期、しっかり「みる力」が発達し続けているか見守ることはとても大切です。
そこで3〜5歳の全園児に視力検査を行い、眼の異常(見えにくさ)があればもれなく発見されるべき、と多くの眼科専門医は考えています。いろいろな方々のご指導をいただき、実際に園内で視力検査を始めてみたところ、想像以上に多くの子どもたちが視力の問題(見えにくさ)を抱えていることがわかってきました。3歳4歳では視力0.7,5歳では視力1.0を基準にしていますが、思いのほかこの視力に満たない園児が多く、眼科受診を勧めています。見えにくさを放置すると学習や心身の豊かな成長によくない影響を与えます。特に弱視については6〜8歳までに治療しなければなりません。早期治療のために、この園内視力検査はたいへん重要と考えています。社会的意義も大きいのではないでしょうか。
SNS発信も奏功し、保育士さんたちがSNSアカウントをフォローしてくれるなど、活動への関心が広がっているのを感じます。こうしたつながりは、先生や保護者の方々が活動を身近に感じるきっかけにもなり、視力ケアへの積極的な関わりも増えているようです。
成田:具体的にどのような変化がありましたか。
鈴木さん:園内視力検査をきっかけに眼科受診した結果、弱視/斜視がみつかり、治療に繋がったケースが多くみられました。弱視/斜視の治療には治療用眼鏡をかけることがほとんどです。
眼鏡をかけることになった園児の様子を聞くと、「言葉がよく出るようになった」「表情が豊かになった」「お外で活発に遊ぶようになった」と大きな変化を示す園児も少なくありません。いままで見えにくかった世界が見えやすくなる…弱視治療現場でよく聞く子どもの変化なのですが、実際に事例を目の当たりにすると本当に嬉しいものです。保護者や先生方から「見つかって良かった」「子どもたちの見えかたを気にしてあげる意識を持つようになった」とポジティブなお声が多数寄せられています。
実施した園の先生方が広めてくださり、福岡市各区の園長会や保護者会で講演に呼ばれたり、園内勉強会をオファーされるようになりました。加えて福岡市では令和7年度から園内視力検査が実質上の義務化となるなど、行政も動き出す事となりました。こうした反響は私たちの励みになっており、今後も活動をさらに広げていきたいと考えています。
子どもの視力見守りに挑む理由とは?
成田:改めて、みるみる手帳を作ることになった背景を教えていただけますか。
鈴木さん:もともとは、小児を専門とする眼科医療への関心から始まりました。私は眼科業界で働いていた際に、子ども専門で熱心に治療を行う眼科の存在を知り、そこでの眼科医/視能訓練士/眼鏡店のお仕事ぶりに感銘を受けました。子どもの検査や治療訓練には大きな労力/時間/経験値が求められます。臨床現場の人々は子どもの豊かな将来を願い、ひたむきに向き合っていました。
その一方で、多くの眼科では「子どもの目の治療は手間がかかり利益になりにくい、人材も育ちにくい」という背景から積極的に取り組まれていない現実にも直面しました。本当にこれで良いのだろうか、もっと多くの人々が子どもの視力問題に関心を持ち積極的に連携する社会であっても良いのではないだろうか、そんな思いを形にしていこうと決意しました。
そんななか、一人の視能訓練士が作り始めたものが【みるみる手帳】でした。一人でも自分の出来ることをする、そういう姿勢に心を打たれ、のちにみるみるプロジェクトとして制作することになりました。さきほどお伝えしたとおり、弱視治療は眼科にとっても報酬は少なく人材も育ちにくい分野です。諸事情を考え、すべて無料で配布することにしました。
成田:みるみるプロジェクトを通じて、鈴木さん自身にどのような変化があったのでしょうか。
鈴木さん:プロジェクトを始める前、私は業者の立場であり、自ら社会に向けて発信していくという姿勢はありませんでした。しかし、みるみるプロジェクトとして独立するにいたり「社会に直接コミットしたい」という気持ちが強まり、活動の幅が広がりました。ただし、医療に関わる情報発信については正確さが欠かせませんので、専門家である眼科医/視能訓練士によってなされるべきです。そこで私は、視能訓練士が活躍できる場を広げる、という立ち位置でいるようにしています。
コロナ禍による自粛生活は、子どもたちの眼の問題を世界的にクローズアップさせることになりました。世界中で、子どもの見えかた/視力についての関心が高まりました。眼鏡業界や眼科業界の中だけでなく、保育園や地域社会全体に対し直接的な貢献が求められていると実感しています。
成田:それは大きな変化ですね。具体的にどのような点で社会とのつながりを感じましたか。
鈴木さん:人とのつながりが飛躍的に広がりました。かつては取引先に限られていた人脈が、今では視力検査に伴走してくれる保育士/保健師/眼科医療従事者/行政の方々など、人脈の幅が飛躍的に広がりました。特にクラウドファンディングを通じて、応援してくれる人たちの温かさに触れ、「世の中にはまだまだ支え合う文化が根付いているんだ」と背中を押されるような思いがしています。。
すべての子どもが視力の問題で不利益を被らない社会へ
成田:今後、みるみるプロジェクトとしてどのような活動を広げていきたいとお考えですか。
鈴木さん:私たちは、子どもの眼に対して特定業界内にとどまるのではなく、異分野の方々が積極連携できるような活動を目指しています。これまで眼科での取り組みを中心に行ってきましたが、それではカバーできる範囲が限られています。つまり眼科受診していない子どもたちが取り残されてしまうのです。
ご紹介した園内視力検査事業は関係者から多くの関心が寄せられています。現在、福岡や北九州、八王子などでそれぞれ開始していますが、この事業を全国に広げたいと考えています。
視能訓練士やメガネ店が各地域で園に出向き、経費をいただいて全園児の検査を行う形を目指しています。こうした活動を通じて、より多くの子どもたちが早期に視力の問題に気づき、必要な治療を受けられる社会を作っていきたいです。
成田:鈴木さんは、最終的にどのような社会を目指しているのですか。
鈴木さん:私たちが目指すのは、すべての子どもが視力の問題で不利益を被らずに成長できる社会です。視力は単に生活を便利にするだけでなく、学習やスポーツ活動にも大きな影響を与えます。子どもたちが常にしっかり見える環境で学び、遊び、経験できる環境にしてあげたいものです。
子どもは自ら「見えにくさ」を訴えることはほとんどありません。これは乳幼児だけでなく高校生でも意外と同じです。周りの大人が気づいてあげる、という意識が大切なんです。
例えば、いま急増しているとされる近視。学校では視力検査が行われますが、視力0.7程度あれば学習には問題ないよ、と本当に言えるでしょうか。視力が低いままスポーツしていてボールがよく見えず、スポーツに自信が持てないお子さんもいるかもしれません。弱視に気づかずこの世界の美しさをぼんやりとした風景で見ている乳幼児もいます。
子どもの「みる力」に対して積極的に大人たちが気づいてあげる社会を実現することで、子どもたちが自分の力を最大限に発揮できる社会が理想です。そのためには、保育園から高校生くらいまで、視力問題に対して深く注意を払う仕組みが不可欠です。私たちは全国的に活動を展開し、誰もが安心して視力サポートを受けられる環境を整えたいと考えています。
編集後記:今回は、子どもの弱視問題の解決に取り組む「みるみるプロジェクト」を牽引する鈴木さんにインタビューしました。「みるみるプロジェクト」は、全国の眼科に「みるみる手帳」を配布し、保育園や幼稚園での視力検査活動へとその活動を広げています。視力の問題は後天的なものに注目されがちで、先天的な弱視が見落とされることも少なくありませんが、このプロジェクトでは早期発見に力を入れ、子どもの目の健康の重要性を広めています。着眼点のユニークさに加え、多くの保護者や子どもたちがこの活動に救われていることでしょう。すべての子どもが視力の問題で不利益を被らない社会の実現が近づいていると感じます。鈴木さん、貴重なお話をありがとうございました。